humanrecord の Tumblr です。

「サイコロを振って、
 ある数字が出るか出ないかの確率は6分の1だけれど、
 出るか、出ないか、だったら半々だろう」と。
 言い方がうまくなかったせいか、
 あんまりおもしろがられませんでした。
 なんか残念なので、夜になってからツイッターで、
 さらに「その話が好きなんだ」ということを言いました。
 もうちょっと話に立体感をつけようと、
 「あのことがプロポーズを受け入れてくれるという
 確率にしても、75%とか10%とかに関係なく、
 答えはYesかNoなんだから」と付け加えました。

そうだよなぁ、という人もたくさんいましたが、
 それは確率論としておかしいという意見も多かった。
 そういう正しさのことを話しているわけじゃないので、
 「サイコロのひとつの目が出る確率は6分の1で、
 それが出ない確率は6分の5だということはわかってる。
 だけど、6分の5のほうにならない場合というのが、
 実際にあるわけで。
 出るか出ないかは、どっちかの二択なのです。
 そこに狭き門を選ぶ<決断>があるのです」
 なんてことを書きました。
 同じようなことを『爆笑問題』の太田さんが
 テレビで言っていた、という情報ももらいました。


ぼくがこの話をしつこくしたがるのは、
 「確率の高いほうを選ぶ」ことが、
 「よい決断」とは限らないんだ、
 というようなことが言いたかったからじゃないか、
 と、気がついたのでした。
 9割の確率で失敗するということを、
 「やる」と決断して成功することもあるし、
 9割の確率で失敗するということを考慮して、
 涙をのんで「やらない」と決断することもある。
 どっちも「決断」できることなんだということが、
 どうやら言いたかったみたいなんですね。
 確率の低いことを、捨てちゃうのはダメなんですよー。

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